いまさら温度計?の新規開発
2022年初旬。
今回は高精度温度計の新規開発を行いました。俯瞰で見ると、いまさら温度計?という自覚はありつつの開発です。
温度計とは、一次温度計と二次温度計に大別され、ここでお話しするのは後者です。前者は99.999%の人生では見ることが無いほど一般的ではありません。この辺の詳細は省きますが、ここによくまとめられています。
https://home.hiroshima-u.ac.jp/atoda/Thermodynamics/r01g_ondokei.pdfこの辺の温度計は真の絶対値を得る意味で、人類にとても重要な位置づけなので、温度計の世界の神様と解釈して良いです。ところがこのレベルでも技術的革新によって精度がゆっくりと上がってきており、国際温度目盛ITS90という基準も10年に一回程度は改定され続けています。mK(ミリケルビン。1/1000度)の確度の議論ですから、繰り返しになりますが、もう、一般的には本当にどうでもいい話です。
二次温度計はいきなり実用的な温度計(ワーキングスタンダード)になります。人が温度を高精度に計測する必要がある事態に直面したときは二次温度計の中でも白金測温抵抗体を使うことになるでしょう。熱電対、サーミスタというメジャーな温度計もあるのですが、使い手の高精度という単語の解釈次第でどれを使うかが変わってきます。閾値として精度±0.2度は高精度と言って良いです。そうすると基本的には熱電対とサーミスタは除外されます。
この2種類の原理や特性が悪いというわけではなく、その物性が影響して高精度にすることがめんどくさいだけであり、高精度にすることは可能です。手間と費用がかかるのでというだけの事情です。逆に表現するとこの2種は「お手軽に」の範囲で活躍しやすい特性を持っていると言えます。
白金測温抵抗体(Pt100)をどう使うかの話。
そもそもPt100というのは0℃のときに100Ωの抵抗値になるように長さと細さを調整した白金という金属材料がシース(温度計のカバー)の中にシースと絶縁された状態で仕込まれているものです。それゆえPtとは呼ばず、Pt100と呼びます。
その両端には銅線が接続され、それがシースの外に出ているケーブルになります。このケーブルを片側1本片側2本装着したものが三線式、両側各2本が四線式と呼ばれる仕様です。
金属の抵抗値はただの物性値なので、それは素材で決まっており、体積抵抗率という指標で表現され、これは温度によって変化する物性値です。抵抗値との関係は以下の通り、長さと断面積が人間都合で自由に決定できるパラメーターです。
抵抗値(Ω)=体積抵抗率(μΩcm)×長さ(m)/断面積(mm2)×0.01
白金(Pt)が0℃のときの体積抵抗率は9.81(μΩcm)
これをPt100と呼ばれる0℃のとき100Ωの抵抗値を示す長さ1mの物体にするには,
100=9.81*1/X*0.01
X=0.000981(mm2)
半径は0.0177mm=17.7μm
シースの中身はスギ花粉の直径程度の白金線が1m入っているとイメージしていただいてよいです。
白金の抵抗値の温度依存性は直線性を併せ持ちます。その温度係数は+0.39Ω/℃です。三線式、四線式でケーブルの抵抗をネグレクトできるような配線を行い、通常電圧しか計測できないデータロガーに対応させるために、外部にシャント抵抗を装備して、抵抗体の電流による加温を低減させるためにプレヒートを定電流で流すことで、抵抗値の変化を電圧値の変化に変換して電圧データを取得することで計測できるということになります。
ここでPt100のダークサイドを確認します。先人のおかげでこうすればPt100を使った温度測定が高精度に行えるよ!!とまでは課題を解決してくれています。ところがこれを実現するにはめんどくさいことがまあまああります。例えば三線式でモニターする電圧は2ch、四線式では3chとなり、1箇所の温度計測に数チャンネルを消化してしまいます。こういう事情を考えなくても配線できるようにしたデータロガーやpt100専用ロガーもありますけど、それは内部で同じ事をしているだけで、やっていることは同じ、つまりチャンネル食いなんです。専用品は定電流回路も内蔵しているのですが、汎用ロガーにPt100を接続しようとすると、それも外部で準備せねばならず、結局のところそこそこの手間とお金を要することになります。こんな実情なので、温度を高精度に計測したいけど持っているロガーではPt100が使えない、対応するロガーはそれなりに高額。そういうつまらない事情があるので白金を自然科学系で使う方は多くはありません。もちろんセンサー側にそういうめんどくさい仕事を内蔵して、それなりの価格で販売されているPt100センサーもありますからそれを使うことは可能です。
ここで、精度と分解能の話。
みんながよく持っている温度計、これらは多くの場合サーミスタが内蔵されています。例えば23.5度とか表示されているとき、その5は不確定ながらも表示はしている、精度は±0.3〜1度位です。しかしながら5→6に表示が変化したとき、その0.1度上昇したことはほぼ正確に表現しています。分解能が0.1度ではあるが精度はそれよりも劣る、しかし温度が変化したΔTはほぼ正確、というお話になります。同じ温度計を使う限りにおいてではありますが。
ここまでが、「いまさら温度計?の開発」の背景とその理由になります。高精度に温度を計測する手法は先人が解決したが、もっと簡単にローコストで、という視点については思考停止してしまっている。
まとめると
1 高精度の温度計というのは事実上、白金測温抵抗体(Pt100)と考えてよい。
2 Pt100自体の精度は高く、それは常用域である-20〜50℃において0.2度未満が目安。
3 Pt100の構造は単純だが、データロガーで読み取ろうとするととてもめんどくさい。
4 めんどくさいのみならず、支出もそこそこかかる。シャント抵抗も安くは無い。必要となるロガーの入力数もコストの一部。
課題として、2,3,4をクリアすれば、それは良い温度計だと定義できます。
そして完成した温度計がこちら
https://environment.co.jp/nonlinear-temperature-probe-soil

代表感度 -0.1939℃/mV
応答速度 t63.2=2.6秒 at Static Water
精度 ±0.05°C (typical at 20〜40°C)
±0.12°C ( -60〜100°C)
測定範囲 -55 to 110°C
消費電力 27.6μW(Overall, Max)
測定範囲はpt100の高温側600度にはとうていかなわないので注意。それ以外は多くの用途で十分な仕様にしています。逆に表現すると測定温度範囲を実用エリアに絞り込むことで、その範囲でならば使いやすさ、精度、価格のバランスを良くできるという方向性で開発したものです。特に精度はPt100の中でもclass AAを超えているのは特筆ものです。
使い方もPt100に比較すると簡単で、外部にシャント抵抗やハーフブリッジといっためんどくさいことも不用です。具体的には以下のように電線3本の接続を行います。
赤/電源2.5〜30VDC
黒COM/電源グランド&シグナルグランド
白/シグナル出力(アナログ520〜1370mV)
3本の電線を電源とデータロガーに接続するだけ。電源の準備がめんどくさい方は2通りの手法が選択できて、1プレヒート機能搭載のロガーならば電源さえ不要。2オプションのNLTP-BTTKITを使えば電池でセンサーを駆動できます。その電池寿命はBTTKITで使っているCR2032で650日の連続供給が可能です。
代表感度-0.1939℃/mVという表記について、この温度計は一般的な感覚ではリニアな出力を持っていると判断できるものです。
我々側ではEq.Bと呼んでいる式がこちら
Temp (℃)
= -0.1939*(mV)+212.81
この式で電圧出力から温度への変換ができます。が、その変換誤差は以下の通り
実用域 最大変換誤差
-20〜50℃ -0.152℃
詳細はこちら
https://environment.co.jp/nltp-error-table名称はMIJ-NLTPです。
目標である±0.2℃未満は達成していますから目標は達成している。ただし、Pt100のclass Aを超えた程度です。ただし、一般的ではない話しかやってこない弊社の場合はここからまた別のドラマが始まります。リニアなんだけど若干だけリニアではないという解釈を行います。
Pt100の世界でも検定済みと呼ばれるプローブは購入可能で、しかしその検定の幅と言うのはクラスAに該当する証明書まで。そこから先は知らん。もう一歩先の検定書では読取装置を含めての検定で、この場合は±0.05℃保証という内容になります。ここで何をやっているかと言うと、読取装置側に3〜5次式を使った細かな補正を行っています。Ptは基本的に素晴らしい直線性を持っていると言えるんですが、細かなところを見るとそんなこともなくて、完全な直線性を持っているとは言えないんです。
我々側でEq.Aと呼んでいる式がこちら
Temp (℃) =
-0.000000001809628*(mV)^3-0.000003325395*(mV)^2-0.1814103*(mV)+205.5894
もう桁が多くて付き合いきれんという印象の式です。ですが、精度を求める方はめげないでください。演算ができるロガーでしたら一度入力していただくだけですし、mVでログする方は計算シートも母屋に置いてます。
実用域 最大変換誤差
-20〜50℃ -0.004℃
ここまで変換誤差を極小化し、かつ温試験機での検査の結果、真の値からの誤差は以下の数字が得られます。これは変換誤差を含みます。
±0.05°C (typical at 20〜40°C)
±0.12°C ( -60〜100°C)
ユーザーサイドでの認識としては上記の精度を出すためにはEq.Aを使ってください。お願いします!!
用途は、大気、水中、土壌中などどこでも使えるように作っています。欠点は、高温が苦手です。110度まででお願いします。
一番の売りは±0.05度の精度、つまりPt100 classAAを超える精度を確保しつつ、安価での販売を実現しています。98%の方には、「ふーん、こんな価格ね。別に安くはないし。」程度の認識だと思いますが、温度計測に数年以上人生をささげてきた方々であれば驚くほど安価に感じると思います。±0.05度というのは一般的にはシステムとして購入するレベルなので、1点計測で30万円スタートが相場です。(高分解能は安価にいくらでもあります。)
この高精度温度センサーMIJ-NLTPは、日本環境計測株式会社と株式会社シーエス特機の共同開発品です。
共同での開発は最初から最後までとても楽しかったという実感が高く、おかわりしたい気分なので、他の製品もちょくちょく増やしていく予定です。
日本環境計測国産部門担当HK
https://www.environment.co.jp/