2013年10月23日

日射計の温度特性と家庭用ホットプレートと諸行無常

日射計の温度特性と家庭用ホットプレートと諸行無常

前回は、日射計の応答速度のお話でしたが、今回は温度特性について記述します。あらゆる測定器について温度特性と呼ばれるエラーの1要因が仕様書に記載されている(まともな測器の範囲で)のですけど、それって何よ?という方も多いと思います。ユーザーからするとそんなのは考えたくもないし、本来はそんなのを考えなくても良いレベルまで、製造側が「作り込み」をすべき所です。

一方で、製造側からすれば、それはめんどくさいし、妙に難しいし、最後のとどめは、開発と製造のコストが上がった分、販売価格を上げる必要があるけど、8割のユーザーにはその意味を理解してもらえず、姿、形、目的が同じように見える競合品の方が安ければそっちを選択するという自らに不幸な結果を招く、つまり、関わるとあまり良い事がないという特性の1つです。

だからこういうのは、手を抜こうとすると、こういう条件の下でこういう精度ですよ。という記述で終わらせてしまおう、目立たないような記載で、と考えてしまう事も解らなくはないです。

では、それを理解する、もしくは理解しようとするユーザーにとっては、どの程度の意味と考える価値があるのか?を日射を例にしてお話ししたいと思います。

先の記事で掲載したISO9060を再表示します。ISO9060.png

温度特性の項目が上げられていますね。±2、±4、±8%という順番で定義されています。センサーに定常光を照射し続けた条件で、50℃の変化が生じたときの出力変化の割合を示しています。動いちゃいかんだろ、そんなもん、と思うでしょうけど、動いてますし、そういうのを無意識か意識しているか関係なく使っているのが現実なんです。

具体的には-20〜+40℃くらいの範囲での試験結果が多く、これは、昔のフロン冷媒型の環境試験器の性能のうち、低温寄りのスペックに該当しています。実際にこの温度変化で特性が変化するのはサーモパイルのみですから、その付近の温度を計測しつつ、X軸に温度、Y軸に出力をプロットすれば、温度特性のグラフが描けます。

この50℃のレンジは実はとても的を得ていて、日本でもだいたいこの程度年変動すると考えて良いです。実際はそんなに無いじゃないのよ?と思われるかも知れませが、気温の変化ではなくって、日射計の温度ですから、夏は40℃越えますし、冬は場所にもよるけど0℃未満になることも多々あり、特に放射冷却がきついときのサーモパイルの温度は、黒色ということもあり、とっても冷えてます。

そして、その温度変化は日変化と年変化の両方がひっきりなしに生じています。この辺で、この特性の重要さがおわかり頂けるはずです。言い切りますが、この特性はとても重要なのですよ。

弊社でもこういう試験は環境試験器で行いますが、実際の所とてもめんどくさい試験です。試験結果の再現性を確認するために複数回の試験を行ったり、光源そのものの時間変動をフィードバックしたり、冷却時に結露が試験の邪魔をしたりするので、その対策をする治具を作ったり、センサーの筐体が持つ熱容量次第で、試験器の温度変化の勾配を検討したりなど、など、という塩梅です。

こういう話はノウハウもあったり、そもそも明るい気分にならない類の話です。ここまでがんばらなくても、かつ、お金が無くても、かつ、人に頼らなくても、楽しく、笑えて、ちょっとだけスリルを味わいながら試験できる方法があります。その実施例をSiとGaAsP型フォトダイオードの温度特性の測定について記述しましょう。こういうことをかつてやったなあという、回顧録でもあります。

それぞれの感度波長帯は一般的に、Siが300〜1100nm 、GaAsPが380〜690nmです。偶然にもGaAsPはPARの定義にほぼ同じなので、PARによく使われますね。Siはご存じだと思いますが日射計によく使われます。

ここでおもむろに家庭用ホットプレートを登場させましょう。これはあれですよ。ホットケーキ、お好み焼き、ちょっと気が利く場合はたこ焼きも焼けますというあれです。お持ちじゃない方はリサイクルショップか、粗大ゴミで入手しましょう。そういう出の悪いブツでも、経験上90%の高い確率でちゃんと動きます。今回の用途では焦げ付き予防のテフロン加工が剥げていても全く問題ないです。捨てられる原因は主にこれです。

このときは、各センサーに熱電対を組込み、90℃まで加熱後、放置、自然冷却される過程を記録しただけ。そのときの写真がこれ。
Hotplate.gif

なんとも素敵な光景。とてもまともな人間がやる事じゃありません。

計測の間は定常な光を連続的に照射する必要があったので、それには一つのハロゲン光源を2分岐の光ファイバーで各センサーに導光する手法を採ってますが、普通はそんなものは持ってないですから、古くて使わなくなったプロジェクターで広範囲に光を照射するか、車用のハロゲンをバッテリー駆動するのも良いでしょう。注意するのは1点だけ、点灯後30分程度は暖機運転してから試験してください。あらゆる光源は、バルブの温度で出力が変動するからです。30分も待てば気温、放射との熱平衡が完了しますから。

ホットプレートの温度コントローラはバイメタル式、つまりON&OFFの制御が一般的です。そして、そのやり方は結構テキトーで、だいたいこのくらい、という表現になります。

センサー側に温度計を仕込んで、その温度を見ながらコントロールするわけですが、プレートの温度とセンサーの温度には大きな時間差があります。だから、例えば、3分加熱、電源を切り、その後のセンサーの温度変化を20分確認する、という具合に、何度かにわけて、そのときの室温、使っているホットプレートの能力、調子の悪さ、プレートとセンサーの熱結合の按配などで決まる時定数を確認しながら、加熱時間を秒単位で決めていく事が肝要です。

設定と結果の関係はリアルタイムだとは言い切れない場合が多いので、こういうことになります。なんだか麹菌を育てる杜氏のような話になりましたが、あっちは結果がもっと長い時間の後に出てきますから、ホットプレートのほうがだいぶマシです。

経験上センサーの温度が120度を超えると、何かがおかしくなったり、自然冷却後もセンサーの特性が変わってしまったりします。これを破壊と言います。

実際に180℃を越えてしまったとき、気泡レベルの液体が気化か膨張したせいで、破裂させてしまったことがあり、爆竹程度の音がしました。この辺がスリルというか、醍醐味でしょうか。結構楽しんで頂けるはずです。

さて、こういう形でチープに実施した試験の結果を示します。
tempGaAsPSi.gif

結果として温度特性は、Siが-0.03%/℃、GaAsPが+0.097%/℃。さて、ここで、先のISOの基準を同じ指標に換算してみましょう。±2、±4、±8%/50℃は、±0.04、±0.08、±0.16%/℃。

Siを見てみるとセカンダリースタンダードの枠に入ってしまいます。なんにもしなくても。GaAsPでもセカンドクラス程度は満たしています。

ただし、ここでの試験の条件として、Siの受光波長帯のフルレンジにおける温度特性であり、日射計に使う場合はこういう特性、PARに使う場合は、そのウチの400〜700nm範囲での温度特性を論じるべきと言えますから、Siはこうである、という乱暴な言い方はできない事に注意せねばなりません。波長毎の温度特性を求める必要があるということです。

こういう試験レベルでは楽しい、とだけしか思わないわけですが、その延長に何が見えてくるかというと、CMP22というハイエンド、別格、唯一無二に位置する100万円の日射計。その温度特性は+0.017%/℃ at –20 to 60℃というとても良い値を出します。150年の歴史の成果、温度特性がリニアなサーモパイルに非リニアなサーミスタの組み合わせで、実用温度域の温度特性を極めた経験技です。

うかつにも、かないっこないなあと当初は思ったのも事実でしたが、それでも、この数字を乗り越えなければならないわけです。安価に、安易に、という項目を更に付け加えて。特に日本の職人はそうでなければ存在理由が無くなります。

さてここで、うちの職人はどうしたかというと、受動型温度補償回路P.T.C.C.(Passive Temperature Compensation Circuit)を開発し、販売中の全ての光電型(K2型と呼んでいる)に搭載しているというのが回答で、±0.01%/℃という値を出していますが、まあ、その背景にはとてもめんどくさい、時間がかかる、そういう類の回路の調整を行ったわけですが、量産時は何も考えないで、組み込めばよいだけ、という設計をしています。このような結果になります。
PTCCresult.gif

そうまでしてでもですよ。結局は50℃の変動で0.5%は誤差が生じるのです。完璧はない。

日本には諸行無常という言葉がありますが、この世の現実存在はすべて、姿も本質も常に流動し、変化し、一瞬といえども普遍性を保持することができないって意味らしく、それはものづくりの職人の場合には痛感する場面が多々あります。

諸行無常の物体たちは、それぞれについて解明すれば、性格というかクセがあり、そのクセは再現性があったりするわけで、そのことを理解し、ひらめき加えて、それらを仲良くなる方向に組み合わることで、統合する。そうしてやっと、ある1パラメータだけが「常」になるという工夫、これが「精進」なんだろうなあと考えたりするわけです。PTCCはその代表的な作業でした。

最初から「在る」物性とは関係なく、ただただ、人の都合に合わせているだけなんですけどね。

そう感じてしまうタイミングは、ねじを回したり、はんだ付けしながらなどの、頭を全く使わない場面が多いんですけど、そういう瞬間が「無我」だったりするのかなあ。だとしたらもっともっと考えない時間を増やすべきですねえ。

無我じゃなくって馬鹿になるって。

日本環境計測国産部門担当HK
http://www.environment.co.jp/
posted by EMJ-TM at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記